心の構造ー 意識と無意識
2017/06/06(Tue)
友達に「井筒香奈江」というヴォーカリストがいる。
彼女は「時のまにまに」というタイトルで日本語のカバーを歌うシリーズのアルバムをいくつか出していて
オーディオ業界では「ハイレゾの女王」と呼ばれる人物である。

去年、彼女のライブに行ったときに印象的だった曲があった。

斎藤和義の「無意識と意識の間で」という曲。


今日心理カウンセリングを勉強する中で、心の構造の中にあり、精神分析の創始者フロイトやユングが
深い関心を示した「意識と無意識」という単元があった。

無意識というのはコンプレックスと言い換えることができる。
コンプレックスという概念はユングの「感情に色づけられた概念複合体」という難しい説明がなされるが、
心の中の複雑で錯綜とした渦のような存在には感情が強力に伴っているということ。

そしてコンプレックスとは劣等感のことと誤解されることが多いが、劣等感も劣等感コンプレックスという一つのコンプレックスである。

心の中に「劣等感」というモチーフをめぐって複雑に錯綜した思いや経験が強い感情を伴って渦めいている状態が
「劣等感コンプレックス」であり、この渦を刺激するような言葉や事柄に出会うと、周囲が驚くような反応をしてしまうという。

教科書の中でも単純な例として、周囲の人が何気なく言った「小さい」という言葉を聞いた途端に、急に眉間にしわを寄せて怒り出すということもそのような一つの表れであろう。



コンプレックスというのは、例えばマザーコンプレックスとか、学力コンプレックス、身体的コンプレックスなど色々あるが、
今回興味深かったのは「メサイヤコンプレックス」というもの。

人の役に立ちたいとか、誰かを励ましてあげたいとか、困っている人を癒してあげたいというような気持ちになることは
誰にでもあると思うし、それ自体悪いことではないのだが、その裏に「自分の方が優位に立つ」「自分の方が力がある」という無意識(コンプレックス)があることを示したもの。
 
特に警察とか政治家とか あと援助職というのにも当てはまる。
上記に書いたような気持ち、無意識(コンプレックス)は「自律的」であるので、「権力」をもつと、無意識にコントロールの及ばない形で身体が動いてしまい、弱者と思われる対象者に時に威圧的に振る舞いかねないということである。

私たちの日常では無意識が9割ほどとも言われてる。
無意識の行動が自分を作っていると言っても過言ではないので、少しでも意識的にしていきたい。




先日のライブで初めて「無意識と意識の間で」を歌ってみた。
すごくいい曲(私が歌って伝わるかどうかは別として)なので、たまにこの認識を思い出すためにも歌おうかなと思います。

斎藤和義の書いたこの詞はそういう内容ではないけど、なかなか切ない(私が忘れた感覚w)詩であります。







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